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CONCEPT

作品完成への到達は、まさに「空なること」を意味している。そこには「画家」も「鑑賞者」も「真理」もない。(無差異の)初源的な状態へと帰ることを意味している。すべてを突き抜け、自由の無限空間を作り出すことを意味している。

もし完成に達しようとほんのわずかの努力でもしようとするなら、完成に達することは決してできないだろう。そのような努力は、無限の空間を自分の手で掴もうとすることに比せられる。

作品制作の態度は、すべての思考形態を、完成への到達に対する致命的な障碍と見なす。論証的思考は、なんとしても抑制されなければならない。完成のイメージを頭の中に抱くことでさえも、制作においては恐ろしい障碍として働く。


理性的推論あるいは思考は常に、何かの意識となる「私」(自我存在者)を含んでいる。それは、「…の意識」の基礎構造の内にある。考える自我と考えられる対象とは互いに分離している。両者は、相対して立っている。「…の意識」は二元論である。だが、何よりも制作がかかわっているものは、「…の意識」ではなくして、純粋で単純な「制作の意識」の顕在化である。言語形態では似ているものの、「純粋で単純な制作の意識」と「…の意識」とは別ものの世界である。前者は、考える主体がなく、また考えられる対象がない。むしろそれは、私たちの中で、私たちを通して己を覚知するようになる[存在]世界全体である。それは主体性と客体性両者の上に、両者を超えてある。


それは[存在]世界全体に浸透し行き渡っている。それは、超個体的なのだ。人間各々の実存的深みには、術語的に[性]として知られているヌーメノンnoumenon〔叡智によって知られるもの〕が隠されたままになっており、その突然の実現こそが完成に達することなのである。

しかし、このヌーメノンについて興味深いことは、ただ具体的な個別の事物においてしか「実在exist」(あるいは「出=在ex-ist」)できないということであり、具体的な個人の意識においてしか実現されえないものであるということである。個人各々は、この意味で二重人格者である。人は同時に、個人であり、超個人である。すなわち、狭い個人的な境界を無限に乗り越えていく宇宙的な実在エネルギーが集中する個的な一点として、人は実在しているのである。しかしながら、通常、人はこのことに気づかない。つまり、今ここでの彼自身の肉体の中の超個人的なヌーメノンについての覚知は彼の内にはないのである。この実現は思考によって妨害されているのだ。ほんのわずかな論証的知性の活動でさえも、初源の[非差異体]の直接無媒介的把握を全く不可能なものにしてしまうからだ。ヌーメノンは、現象に転じる。「私」つまり経験的自我は、外界に対立して立っている分離した存在者としての「私」の意識になり、「私」と「非私」の結果的な二元論が割り込んできて、根源的な無差異を汚染するのである。


したがって、自我の固有領域において十分に有効で確固たるものであろうデカルト的な「コギトcogito」は、制作の観点からすると、私たちを直接的に人間実存のリアリティ覚知へと導くものからは遠く隔たっている。逆にコギトは、実存に関するあらゆる錯覚の根源そのものと考えられる。コギトは、私たちを本当にあるがままのリアリティの直接無媒介的把握から遠くへ導く障碍なのである。

画家は、心の中に絶えず生じて飛び回り、心の平静を乱すような乱雑な思考と観念の形態は言うまでもなく、知性主義、言語表現主義の形態をすべて蔑視する。ただ画家は心的な空白と沈黙の状態に留まるというわけではない。全く逆である。画家は、思考機能の完全な所有状態にあり、それを画家は自由に自発的に行使するのである。換言すれば、画家もまた、ある意味で思考するのだ。しかしながら注意すべきは、画家の思考は、私たちが日常的環境で親しんでいるものとは全く異なる意識の別レベルで、完全に異なる形態で展開するということである。画家の修行の最初の一歩は、心に深く根差している。思考の慣習的なパターンをすべて心から消し去ることである。


つまり、私たちは文化的に条件づけられた事物の見方のパターンによって事物を見るのではなく、人間の先験的な認知カテゴリーによって見るのでもなく、[無分節体]そのものの無制限な存在論的可能性によって、事物を見る精神的能力を発展させていかなければならないのだ。制作は私たちの心の「自然な」機能が私たちに押しつけている狭い限定を乗り越えて、リアリティの分節行為における限りない自由の精神段階に達するよう、私たちを促すのである。


リアリティはあらゆる次元において、継続的に止むことなく、己を無数の具体的な形態へと分節している。しかし、それらの具体的な形態は、必ずしも私たち人間が当のものとして理解するものとは限らない。全く逆に、人間の認知能力にとっては疎外された、到達不可能な無数の形態がある。さらには、人間に親しいような形態に関してさえも、それらと人間によってそれらが習慣的に結びつけられているリアリティの部分部分との間には、しっかりと固定された照応はないのである。

そのような形而上学的自由をもったリアリティの分節は、至るところであらゆる瞬間に行われている。宇宙はこの意味でダイナミックに生きているのである。しかし、画家は同時に次のように考察する。すなわち、リアリティは己を無数の形態に分節することで、実際には己を己へと分節している。分節の全体的行為は、[一切]が根源的な無分節状態で永遠に静寂を保っているようなやり方で、瞬間ごとに己の分節を無効化し続けているのだ。分節は無分節なのである。


主体と客体、観るものと観られるものとの間には機能的な関係がある。画家は主体の意識状態と主体が知覚する客体的世界の状態との間のひじょうに緊密な相関関係の理解から始め。この主体との間の相関関係は、きわめて敏感、繊細に、そしてダイナミックな性質のものであり、そのため、主体の側のごくわずかな動きでも―それがどれほどわずかなものであっても―必然的に客体の側の(具体的には制作中のキャンバス)変化を誘発する。

知覚する主体に生じた特定の状態が、知覚される客体の状態ないし性質を規定する。主体の特定の実存様態が、それに対応する特定の形で世界全体を原成させる。

現象世界は、観察者の眼の前に、その観察者の存在の内的様態に沿って、立ち上がる。


その結果、キャンバスに観察している世界はリアルな世界ではなく、現象的事物が、真のリアリティにおいて見られているものではないのだと漠然と、あるいは明確にかんじるならば、私たちは自分自身の意識構造に関してなんらのことを行わなければならなくなるだろう。そしてこのことが、画家の作品が提案することなのである。


すべての存在するもので、自己実在的で永久に固定された本質を持つものは何もない。

本質が、心によって至るところで知覚されるのは、その本質が客観的にそこに存在するからではなく、ただ心が生来的に本質を作り出すものだからである。ものに、あれこれ特定の本質を与えるのは心なのだ。ただ「無心」でアプローチする時にだけ、私たちの眼に、その根源的なリアリティを現すのである。超越的意識または無分別的意識の出現として、これらすべてが現成するのは、「無心」の状態の現成を通じてのみである。「無心」の現成は、体系全体の基軸である。実在の最も充実した密度で、「天地創造の根源的な新しさ」で、顕現する。


「無心」それはより説明的には「無心である心」「非実在的心として実在する心」あるいは「[無]の状態にある心」と訳しうるものだが、それは昏睡や無活動あるいは完全な忘我状態の心といった純粋に否定的な意味で理解されるべきものではない。全く逆に、その「無心」は、心が緊張の絶頂にある心理状態であり、心が最大の強度と明晰さをもって働く状態である。心はそれの対象(客体)をあまりに完全に知りすぎている為、もはやその対象についてのいかなる意識も残ってはいない。心はその対象を知ることの意識ですらない。

「無心」は事実、中国、日本の文化の歴史において、きわめて重要な形成的役割を果たしてきた。日本において、詩歌、絵画、書道等々といった芸術の主な形態は、その独創的な型を多少なりとも「無心」の精神の影響のもとに発展させてきた。

音楽の達人の話しでは、琴を演奏するときに、音楽を奏でるのは奏者ではなく、音楽が音楽自身を奏でているかのように感じるという。奏者は完璧に演奏に没入しているため、琴と音楽そのものとが完全に一つになっているため、もはや自分の指の個々の動きを意識していない。そのような状況について、比喩的あるいは漠然とした意味での場合を除いて、奏者が「無意識的」だと言う者は誰もいないだろう。というのも、彼は意識しているからだ。彼の意識は、むしろ自己照明の極限にある。奏者の心の審美的緊張は、彼の全存在を通してあまりに高い状態であるため、彼自身、自分が演奏している音楽であるのだ。

パラドキシカルに聞こえるかもしれないが、彼は音楽と同一化している自分自身の意識をあまりに十分に意識している為、言葉の通常の意味で、自分の演奏行為を「意識して」いないのである。


画家も通常の理解での「意識」と「無意識」から、そのような状態の意識を区別する「超意識」である「無心」で絵の具を塗り重ねあるいは削り、画面の奥底から気韻(すぐれた作品を見たり聞いたりしたときに感じられる崇高ななにものか。{三省堂・新明解国語辞典=辞典中唯一「か」で終わる言葉=})の現成を目指す。


経験的世界観は自我egoとその他alterとの間につくられた区別があるところでのみ、正しく機能を行使することのできる知性によって見出される世界観である。そのメカニズム全体は、明示的であれ、暗示的あれ、外の実態的客体に対して立っている独立した自我実体の実在を確信していることに基づいている。主体が、客体の世界の外部にあるものとして表象されるにしても、内部にあるものとして表象されるにしても、画家の観点からすると、この基本的なデカルト的対立は人が自分といわゆる外部の容対とのリアリティを見る前に粉砕されるべきものである。その自我は自身の知覚、思考、そして身体的動きの独立した中心としてそこに存在する限りでのそれ自身の意識である。それは、それ以上の存在についての自覚を全く持たない。


しかし実のところ、そのような事物の経験的な見方の只中にあってさえも、不可視ではあるものの、絶え間なく働き、いかなる瞬間にも、人間の心を通じて、通常の世界の見方を全面的に異なるものへと転成させるために実現されようとしている形而上学的な原理のようなものが隠されている。そこにはそれぞれ個人の背後に、知覚可能な[何か]が存在しているのであり、その活動は、自我意識の経験レベルではまだ隠れている。経験的自我がすべての活動のリアルな中心でありうるのは、ただかくれた[原理]が、絶えず機能しているからである。

経験的自我が自己になりうるのは、ただその経験的自我が作り出す主体的な動きが、本当はリアルな[自己]である、あの[何か]の、今ここでの現成であるからだ。

経験的自我は自身を単独だと思う。経験的自我は「事物」の現前にしか気づいていない。

事物は様々な特性によってその資格を与えられた実体として現れ、そして、そのようなものとして、外側からそれを見る近く主体に対して立っている。しかしものが経験的自我の眼の前にこれやあれとして生じるのは、ただ、自我を自我として確立させるあの同じ[何か]の活動に基づくことによってなのである。


存在的二分化の魔法の輪に拘束されて表面的な意味の彼方を見ることのできない者に関しての、画家の目標は、二元論の魔力を破って、心からそれを取り外そうとすることであり、そうして、描かれたものと直接無媒介に対峙できるようにすることなのである。

この点で、画家の作品は、哲学的に、プラティーティヤ・サムトパーダpratitya-samutpada(縁起・えんぎ)の観念に基づいていることを十分想起することができるだろう。つまり、それぞれのものが、他のものとも間に保っている無数の関係に基づいて、存在に至り、そのものとして実在し、「他のもの」の各々もまた、その他のものに対する見かけ上の自己実在的存在をその他のものに負っている、という考えである。この点で画家の作品は、存在論的に、関係relatioのカテゴリーに基づいた体系であり、いわば、実体substantiaのカテゴリーに基づくプラトン=アリストテレス的な体系とは対照的である。


実体substantiaのカテゴリーに基づき、最も基本的な存在論的要素を実体において理解する哲学体系は、ほとんど不可避的に、本質主義の形態を帯びる傾向にある。

本質主義の立場は、「主体」「客体」の両側面に基づいて、自己実在的実体、およびその「本質」によって変更できないように固定され規定された境界を見ているのだと言えよう。例えばリンゴは、多少なりとも厳格に境界づけられた存在論的領域を持つ自己実在的実体であり、その境界づけは、それ自身の「本質」、つまりリンゴ性によって与えられている。同時に、主体としてそのリンゴを知覚する自我は、同じく「本質」を身につけた自己実在的実体であり、この場合その本質は、「私」性となる。そのような見方は、リアリティの現象的表面を反映しているものにすぎない。

「リンゴ」と呼ばれる、いくつかの性質を具えた実体が外界に存在しているというわけではない。[何か]が現象的に「リンゴ」として主体へと現れている、というのが真実なのである。「リンゴ」としての「リンゴ」の現象的顕現は、主体側の積極的な態度に依拠している。だが逆に言えば、「リンゴ」が現象的にそのようなものとして主体の眼に現れるということが、人を知覚する自我として認知の主体として確立させるのである。

語の真の意味でのリアリティは、したがって、主体と客体との背後にあって、そしてそれらを、一方は主体として、他方は客体として、特定の形態でそれぞれに顕現させる[何か]なのである。構造全体を支配する究極的原理は、主客の関係性を貫き、そしてその関係性が現成できるようにさせる[何か]なのだ。だがまた[何か]を誤って、現象のヴェールの背後に何か形而上学的で超感覚的な[実体]が現象世界のメカニズムを支配しているのだと考えてはならない。実際には、現象世界を越えたもの、あるいは現象世界以外のものは何もないからである。画家は、感覚世界から離れて存在するような、事物の超越的・超感覚的秩序の実在を認めない。


現象的事物を越えたところに完全に遠くに離れて留まっているような、絶対的・超越的[存在者]ではなく、むしろ、画家の制作においてリアルに意味するものは、全面的で全体的な力のダイナミックなフィールドであり、もっぱら主体的でもなく、又もっぱら客体的でも無く、それら二つの用語へと二分化される以前の特殊な状態において、主体と客体双方を包摂している全面的なフィールドなのである。「絶対的な」物であったり「超越的な」実体であったりといった一つの物であるかわりに、ダイナミックなエネルギーをもってフィールド全体を満たしている現実態、actusなのである。


それは、当のこの瞬間に、当のこの場所にあり、実にはっきりと現前している。しかし、普通の人々の心は、それを見るほど熟してはいない。それゆえ、かれらは、至る所に(「絶対者」「聖なる者」「悟り」等々といった)名前と概念をうち立て、無益にそれらの名前と文字の中に[リアリティ]を探し求めるのだ。

画家の哲学的思考は、実態substantiaの代わりに関係relatioのカテゴリーに基づいており、それを中心にしているということである。すべてのもの、[存在]世界全体は、相対的な観点から見られる。自己実在的で自己充足的だと見なされるものは何もない。「主体」が「主体」であるのは、それが「客体」に相対しているからである。「客体」が「客体」であるのは、それが「主体」に相対しているからである。ある物Dingがある物として確立されるのは、ただ「主体」の光が及ぶときだけだから、物の領域を参照しない「心」あるいは「主体」はない。そして、このように本質的に「客体」に相対している「主体」は、個的な「心」と普遍的な[心]との双方であるのだから、事物全体、つまり[フィールド]そのものもまた必然的に、相対的な性質のものでなければならない。それは、実際に、感覚的なものと超感覚的なものとの間の[関係]なのである。


私たちが普段「心」(あるいは「主体」「意識」等々)と呼び、またそう見なしているものは、抽象体に他ならない。同様に、「客体」あるいは「物」は「受動的」な領域への[フィールド]のある種の抽象的な屈折によって、無文節な[フィールド]全体から取り出された抽象体である。

しかし、画家はさらに進んで、根源的に無文節の[フィールド]が、私たちの二分化行為を通じてではなく、自発的に、「主体」にも「客体」にも己を自由に文節するところに立ち会える段階にまで私たちが達するべきだと主張する。重要なのは、この[フィールド]の自己文節においては、[フィールド]全体が含まれているのであって、それのある特定の領域ではないということだ。抽象体である代わりに、この場合の「主体」あるいは「客体」は、全[フィールド]の全体的な具体化あるいは現成なのである。


具体的な物を越えた「何か」とは、超越的[絶対者]を意味しない。画家は強調して、[現象]の背後にある[形而上学的な何か]を否定する。

全く逆に、画家は[現象]そのものを絶対化する。具体的リアリティこそが、まさにこの瞬間、この場所で[絶対者]なのである。それは[絶対者]の「自己顕現」ですらない。というのも[絶対者]には己自身を顕現させる為の場所が己自身「以外」にはないからである。そして、それこそが、[フィールド]の「客体的」側面の構造なのである。


この構造は、大きく分けて四つの形態に明確に区別できる。

(一) 時に、[フィールド]は完全な安定を維持し、全体は極度の緊張状態、絶対的で普遍的な[照明]の状態、そこでは人間がいかなるものにも気づかない[覚知]の状態に保たれている。この状態では「主体」も「客体」もない。それはまたしばしば、東洋の哲学においては[東洋的無]と言われている。

(二) しかし、時には、この永遠の[静寂]から出て、突然[主体]のまばゆい意識が生じる。[フィールド]全体に一様に充満していたエネルギーが、今や、静穏状態からおこされ、[フィールド]の「主体的」領域に向けて湧き出て、最終的には[主体]へと結晶化される。見るものは他に何もない。

(三) 時にまた、その安定から起ち上がったエネルギーは[フィールド]の「客体的」領域へと流れる。そしてただ一つ見えるものは[客体]であり、いかなる瞬間にでも[主体]へと結晶化されうる同量のエネルギーは[客体]の現象の中にも集められるのである。

(四) 最後に、[フィールド]は、[静寂]の根源的状態へと再び戻ってくるが、今度は[主体]と[客体]の両者が、[フィールド]の中で、固有の場所を与えられていると言う点が異なっている。私たちは、経験的体験の慣れ親しんだ元の世界に戻ってくる。

しかし、その内的構造に関しては、この元の慣れ親しんだ私たちの世界は、純粋な経験的自我の眼をつうじて見られた同じ世界とは限りなく異なっている。というのも、私たちの慣れ親しんだ元の世界が、今度は、元の純粋で穢れない状態で己を現すからである。一度[無]の深淵に己を喪失した経験的世界が、今や、並々ならぬ瑞々しさで息をふき返す。


[フィールド]は、[存在]世界の純粋に「客体的」側面、つまり「心」の外側に実在するものとして考えられた[自然]とは混同されるではない。また純粋に人の「主体的」意識とも混同されるべきものではない。「主体」を「主体」として(あるいは意識を意識として)「客体」を「客体」として、(あるいは[自然]を[自然]として)確立するものは、まさにこの「主体」と「客体」との区別を―ある意味で―超越し、自己限定によって、ある時は[主体]として、またある時は[客体]として顕現する[何か]である。

[人]とは[フィールド]である。[人]は[フィールド]の個人的・人間的現成である。そして事実、[フィールド]にとって別のタイプの現成は絶対にない。[リアリティ]の[フィールド]の力学(ダイナミックス)は、個人を通じてのみ、その意識の内的転成を通じてのみ実現可能である。この意味で、[人]は、全宇宙の現成の現場である。そして、現成が真にこの現場で行われる時、「人」は「無位の[真人]」と呼ぶものへと転成する。


画家の鑑賞する[人]のイメージは、眼で見、耳で聞き、下で話すといった、感覚的な「人」、要するに自己意識的な経験的自我としての「人」のイメージではもともとない。むしろそれは、経験的体験レベルより上に実在しながら、すべての感覚器官を動かし、知性が機能する通りに機能させる超感覚的[人]のイメージなのである。だが他方で、この超感覚的[人]は、経験的「人」から独立しては、活動しないのである。


このような人は、[リアリティ]の[フィールド]の全面的な現成である限り、一方で自分自身の内に宇宙全体を包含している[宇宙的人CosmicMan]「[存在]世界全体に浸透し、貫通する、心のリアリティ」であり、他方では、彼は[フィールド]のエネルギー全体の集中として、まさに今ここに実在して生きている具体的で個的な「人」である。彼は個人であり、超個人なのである。その具体的で個的な人物の中には、別の人物が生きていると言わなければなるまい。この第二の人物は、彼自身、あらゆる時空の限界を越えている。


世界を見る私たちの普通の見方は、自我を自律的な中心とする円環として、象徴的に表象できるかもしれない。はっきり理解される個人的な違いを伴いながら、それぞれの円環は、ただ知りうるものだけを知りうる境界の内に時空間の広がりを限定する。その円環は、それを越えたら事物が底知れぬ暗闇に消滅してしまうような地平を組み立てる。その円環の中心は、カール・ヤスパースが「現存在としての私Ichalsdasein」と呼んだもの、つまり、経験的自我、私たちが通常理解する「私」によって占められている。


通常の条件のもとでは、実に素朴にそして、無反省に表現しようとする自分自身へと注意を向けるその瞬間に、その自己は客体化され、あるいはもっと言えば、硬直化されて、そして純粋な主体性の探求は失われてしまう。純粋な[自我]は全く異なった人間実存の次元で機能する。全く異なるものへと経験的な自我が全面的に転成することを通じてのみ、実現されうるのである。

通常の人間の観点における世界とは、すでに述べたように、照明の根源として中心に経験的自我があって、その照明が周囲に漠然と広がり照らされている円環として、慣習的に表象できるだろう。経験的自我の周囲には、ある程度限定された実存の円環が広がっており、その円環の中心、経験的自我はそれ自身を「主体」として確立し、またそれ自身、自我から周囲に広がる世界によって成り立つ「客体」に対して認知的に対立している、世界に実在している事物のそれぞれ、そして世界そのもの、とりわけ「主体」とは異なるすべてのものは、「客体」とみなされる。


画家が第一に目指すものは、円環の中心において、「客体」としてではなく、その絶対的な主体性において、リアルな[主体]あるいは純粋な[自我]として、どこにも周縁を見出せず、そのため、中心はどこにでも見出すことができ、常に動き、至る所にあり、いかなる固定的な場所にも固定化されることがないほどに無限大の円環が現成するまで限りなく、その円環を拡大しようとすることにあるのだ。

それはつまり、円環の中心と思われているものは、リアルな中心ではないということである。その「主体」はリアルな[主体]ではないのだ。事実、純粋で絶対的な主体性においてリアルな自己をどれだけ遠くまで探そうとしても、その手からは逃れて行ってしまうというのが、人間の心理的メカニズムの特徴である。というのも、「主体」に注意を向けるという行為そのものが、すぐさまその「主体」を「客体」に変えるからである。


意識は意識の前に現れたものすべてを客体化する他はない。そして、全くパラドキシカルに、あるいは皮肉にも、これは「主体」に関してさえも当てはまる。私が私自身に気づくまさにその瞬間に、「私」は、他のすべての「客体」の中の「私」に変わってしまう。

前にも述べたように、このような理由のために、純粋な主体性における「主体」の実現は非常に困難なのである。意識の思考的次元に留まっている限り、純粋[自我]を現成させることは望むべきもないのである。

もう一つ別の意識の次元を、画家は理解し―また、経験を通じて知っている。それは、制作内省的なテクニックを通じて深化されるべき認識次元であり、その中では意識が、「…の意識」としてではなく、純粋で単一な[意識]として現成する特別な次元である。


画家の念頭には「非思量」がある。それは字義的には「不思考non-thinking」という意味だ。この言葉は、おそらく「思考の非思考様態a-thinking mode of thinking」と訳した方がいいかもしれない。というのも、その純粋に否定的な形式にもかかわらず、この表現は、意識の受動的欠如や意識の不在を意味しないからである。それとは全く逆に、「非思考」状態においては、意識が活動しており、その集中の力を極限にまで高めているのである。ただし何かを「志向する」ことなしに、である。


それは、全くの昏迷状態は言うまでもなく、脱魂ecstasy状態のような単なる意識の喪失という否定的な意味でも受け取ってはならない。ある意味での「心のないmindlessness」状態の代わりに、それは「心の充実mindfullness」であり、意識の極度の先鋭化なのである。ただし、その「心の充実」は、通常の認識経験の次元において維持されるべきものではない。通常の場合、自我は、「客体」としての他の事物や他の自我に対する「主体」として立っている。そうではなく、「心の充実」とは、「主体」と「客体」との対立そのものが意味を失うような全面的に異なる次元にあるものなのである。

芸術の道で修行することとは、自分自身の「私」を正しく扱うことを修行することを意味する。自分自身の「私」を正しく扱うことを修行することとは、自分の「私」を忘れることに他ならない。自分の「私」を忘れることは、自分が「外界」の物に照らされるようになることを意味する。物に照らされることとは、自分の(いわゆる)自我と他の物の(いわゆる)自我との間の区別を抹消することを意味する。


「客体」としての他の物に対して立っている「主体」としての「私」の意識を喪失しながら、画家は、意識の非志向的次元というもう一つの次元での、もう一つの形態において、「主体・客体」次元から一度消滅した「私」を、物が「照らす」あるいは生き返らせるやりかたで、物そのものへと全体的・全面的に吸収されなければならない。

偶然でもない、必然でもない、二元論では言い表せない、思考の外の[何か]の導きにより塗り重ねられた画布の奥から顕現するものに、画家の個的自己実在者としての自分自身の痕跡はもはやない。


[東洋的無]は、[存在]の充溢である。それはあまりに満ちているため、何か限定されたものとして、何か特定のものとして同一化されえないのである。しかし、また一方で、それはあまりに十分であるために、そこに含まれる精神的エネルギー全体の結晶化として、私たちの体験の経験的次元における何ものかとして、己を顕現させることができるのだ。このように理解された[東洋的無]こそ、画家が理解するものとしての、本当の絶対的な[自我]なのである。

画家の作品に「なに」が描かれているかと問うべきではない。言語はラベリングすなわち名づけによって成立している。


名づけることは、まさに文節することである。ある名前は、言語を通じて人間がリアリティの一定の部分を文節した結果である。言語の最重要な機能の一つは、リアリティをある一定数の単位へと文節し、それらを多くの個別の存在者へと結晶化させ、そして遠近さまざまに関係づけられる事物・質・行為・関係性の複雑なネットワークを個別の存在者の間に形成することにある。


「ありのまま」のリアリティとは、存在の現象的秩序において無数の事物へと文節されたものとしての無文節体、そして無文節体そのものの中に各々を統合している文節された事物なのである。無文節体と文節体とは、究極的リアリティの両面として描かれるべきものであり、両面の各々は常に―抽象化を除いて―他方の裏にあり、どちら側からでも、人はそのリアリティに近づくことができるのである。言葉という手段によって、リアリティの「ありのまま」の両面を表象することが、言語にはできるかどうか、言語は決して「無文節」ではありえない。

それは普通に思考として理解されるものではないような特異な性格のものである。というのも、「思考」は、―すくなくとも西洋のデカルト的伝統においては―明晰で判明な諸観念の意識的操作であるからだ。


通常の形では、私たちの思考は、考えられるべき客体なしには機能することができない。この意味で心は、空虚の中では働き得ない。思考は常に「…についての」思考、「…に関する」思考である。それは何かを手放さずにおくものを必要とする。

画家の「思考」は観念と概念のレベルでの思考ではなく、深い思考、「リアリティの精髄へと下降する深い思考」を意味する。


画家の理解している{思考}は、対象なしの思考である。

対象なしの思考は、同時に主体なしの思考である。絶対的な「対象」なしの思考は、考える主体の中に、「主体」意識すなわち自我意識が留まる限り、現成不可能なものである。すなわち「思考ではない思考」である。


ただここで非常に重要なことは、「対象と主体のない{思考}」とは、対象と主体双方の意識が除去された思考活動を意味するわけではないということだ、そのような場合には{思考}は単に特殊な心理学的事態になってしまうだろう。

むしろ画家が意図するのは、[存在]そのもの、あるいは純粋な[実在Existence]がそれ自身を主体と客体、知るものと知られるもの―あるいは「私」と世界とも言いうるだろう―に分ける以前の、当の[存在]そのもの、あるいは純粋な[実在]のダイナミックな形而上学的覚知である。

画家は塗り重ねられた画布を見る「そこには確かに『見る』ことはある。しかし、その対象は『何か』を構成しないのだ!」「絶対的に対象がないところを見ること、それが本当の『見る』ことだ。」


優れた絵画の中には、人間の内的リズムと外部の[自然]の生命的リズムとの間の、完璧な調和的照応が実現されなければならない。

それは、結果的にいわく説明しがたい精神的韻律が絵画の全体に浸透し、最も繊細なやり方で絵画に生命を与え、描かれる対象が何であってもそれに形而上学的意義を分け与えるという方法で実現されなければならない。画家がこの原則の現成に成功すると、その作品は、生命のリズミカルな脈動において自身を表現する、ある種特殊な精神的エネルギーに満ちる。それは、宇宙的[生命]そのもののリズムが全体にみなぎる作品となり、その中で、人間の精神は[天地]の内的リアリティと直接的に交感する。「気韻」あるいは「精神的韻律」は、このように人が精神的生命力をまるごと用いて絵画制作するという、人の能動的な参加を通じてのみ実現されるものである。


こうしてここに、二重の内面の外面化が観察されることになる。画家は自分の「内面」つまり自分の心の状態あるいは精神的リアリティを外面化し、その一方、[自然]の方は、画家の筆を通じて自分の「内面」つまり全宇宙に浸透し、[自然]を貫いている内的リズムを外面化するのである。すなわち、画家が自分の内面を表現する行為そのものがそもそも[自然]がそれ自身の内面を表現する行為に他ならないということである。

その結果として私たちは、「気韻生動」(生き生きと脈打つ精神的韻律)を得るのである。


「内部と外部の弁証法」は、私たちの心の最も基礎的で初源的な地層に属している。それは私たちの思考の根深い習慣なのである。事実、私たちはどこでも内部と外部との対立を見出す。「家の中」対「家の外」、「国内」対「国外」、「地球の内」対「地球の外」、「内的(秘教的esoteric)意味」対「外的(通俗的exoteric)意味」私たちの「内側」としての自我あるいは心、対、私たちの「外側」としての身体、等々、内部と外部の対照的・幾何学的イメージに基づく日常的存在論は、それゆえ思考の最も基礎的なパターンの一つを形成する。


画家がただ願うのは、外界の客体の後を追うのを止めることだ。

自身の内にあるものではなく、近隣者を夢中になって見渡したりして、大きな誤りに陥ってはいけない。…ただあなたたち自身の内側を見るのだ。

画家の作品制作の実践とは、「外側の」事物の後を私たちの心が追いかけることを止めて、心そのものの「内面的」リアリティへと心を「内向」させることにある。


つまり外部の内面化においては、自分にとってそれまで「外部」とみなしてきたものが、突然、心に入ってくる。そして、いわゆる「外部」の世界で生じ、観察されるものすべて心の作用として、心独自の自己判断として見られるようになる。「外部」の出来事の一つ一つは、「内部」の出来事として見られるようになる。人は「外部」からやってくる一切の事物に抵抗を示すような実存的不透明性を喪失して、自分の心身が完全に透明になったという否定しがたい実感に満たされたように感じる。その心は今や、[自然]の光輝と美の一切を伴って山河大地が自由に反射している全包囲的な鏡に喩えられるべきものである。


絵を見るときには、あなたの心身をまるごとその行為の中に置きなさい。音を聞くときには、あなたの心身をまるごとその行為におきなさい。(自我が喪失し、見ている、あるいは聞いているものの中へと沈潜するようなやり方で。)その時、ただその時にのみ、根源的なありのままの状態の[リアリティ]を把握することができるようになる。

あなた自身の「私」を忘れることは、「外部」の物にあなたが照らされることを意味する。物に照らされることは、あなた自身の(いわゆる)自我と、他の物の(いわゆる)自我との間の区別を抹消することを意味する。自分にとって「外部」であると考えていたものが、本当は「内部」にあると突然実感するようになる。世界は私の外側には存在していない。それは私自身の内にあるのであり、それは私なのだ。人間がそれまで自分の外側で行われていると想像していたものがすべて、実際には内的空間で行われていたのである。

今の私は山をただ山として、川をただ川としてみる、この状況は、たとえ同じかつての山河であっても、「(悟りの状態で現れる)山河は、普通の山河と混同してはならない。」その山河は、普通の圏域とは本質的に異なる精神的圏域での山河である。この段階では、無分別な[何か]はその根源的一性の状態の只中で主体と客体とに己を分割する。

悟りの体験があるためには、絶対的に無分割的な[何か]は「私」と、そして例えば山河として再び己自身を分割する。そしてこの二分のまさにその瞬間、山河は唐突に思いがけなく、絶対的な[山河]として顕現するのである。その一性は、見かけ上の主客二分化にも関わらず、損なわれないままの状態である。そしてその結果、主体と客体(「私」と山)とは互いに分れ、そして互いに融合する。その分離と融合は、根源的に無分割な[何か]の同一の行為である。したがって、「私」と山とが[何か]から出てくるその瞬間、両者は互いに溶け合い一つになる。そして、この一つのものは、絶対的な[山]として、自らを確立させる。しかしながら、その絶対的な[山]は、今述べたような複雑な性質を己のうちに隠しつつ、それはただの山である。このように理解された(心)の構造は複雑なものである。なぜなら、見かけ上、自己矛盾的性質のものであるからだ。一方では超感覚てきで超理性的な[存在]の次元にあるのだから、経験的意識とは全面的に異なっているが、しかし他方でそれは、経験的意識とは不可分に完全に同一であるのだ。


日本人ははるか古代より、一年の変転する季節と共に変わり続ける色彩、色調への顕著な感受性を発展させていた。日本の[自然]は限りなく多様な色に輝く豪華な刺繍に匹敵する。日本的自然のこれらの色彩は、まばゆい美しさである。それは、私たちの美的感覚を酔わせるほどに美しい。しかしその一方で、その色彩の輝きは、色彩的な「寡黙さ」と呼びうるものによって相殺されるという特徴がある。その「寡黙さ」とは、ある種の自然な抑制、静かな落ちつき(西洋では一般的に、渋いとして知られる)であり、色彩の上に薄い霧のように広がり、色彩の生のままの華麗さを覆って、抑制されていない外見の豪華さを和らげる。日本の[自然]のこうした特徴は、色彩とその繊細なニュアンスに対する日本人の典型的な美的感受性の形成に積極的に貢献してきたと言われている。


中国と日本の水墨画は、東アジア芸術の特徴のうちの最たるものとしてさきほど挙げた色彩に対する否定的態度の最良の実例である。というのも、この芸術的創造のモノクロ世界では、[自然]の形態と色彩の無尽蔵の豊かさと複雑さが、極端に単純化された黒い輪郭の簡素な図と、時にきらめくような黒で、時に霞んだ灰色に薄められて、そこここに点在する墨の筆触や薄塗りへと還元されるからだ。背景には、ぼんやりとした灰色の霞がかけられているかもしれないが、たいていの場合、背景は空白、白い空間、つまり筆が入れられていない生のままの絹か紙である。その結果、色彩感覚をくすぐることも満足させることもそこにはない。だが覚えておくべきは、この芸術的禁欲主義、つまり外見の抑制と一切の色彩の白黒への還元とが、本当の美的機能を顕現させるのは、色彩とその繊細な色調への高度に研ぎ澄まされた感性を背景にしたときのみだということだ。換言すれば、あらゆる繊細な陰翳と色合いをもった壮麗で鮮やかな色彩の輝きを鑑賞できる眼に対してのみ、白黒の美の真の深みは開かれるのである。

平安時代は日本の文化史における「色彩豊かな」時代であった。平安貴族の美的感覚によって創造された、この華々しい色彩豊かな世界の只中にあっても、ほとんど常に、ある種の落ち着き、清穏、静寂が認められる。この意味で、この初期の時代に、色彩の抑制への明らかな傾向がすでに認められると言えるかもしれない。審美的に最高度に洗練された人々の中には、常識的な標準的嗜好に逆らい、それを越えて、そしてすべての色彩の究極的な頂点として、あるいは人間実存の悲しみの底知れぬ深みを貫いた者には分るであろうあらゆる感情の昇華と純化の直接的表現として、黒の中に最も深い美の層を見出すほどにまで色彩的嗜好が磨かれた者もいた。『源氏物語』の中で、紫式部の審美眼がすでに、感覚的な享楽の「色彩豊かな」軽薄さをはるかに超えて、暗く色のない世界の至高の美へと転じていることに、私たちは驚かされもする。


鮮やかな色彩の充溢と豪華な装飾の輝きに対する日本人の嗜好は、1573年から1615年まで続いた桃山時代に二度目の頂点を迎える。色彩と意匠の惜しみない誇示がこれほど大胆に行われたことは、日本の歴史においてそれまでなかったことだ。平安貴族のあまりに繊細な審美的洗練とは対照的に、戦の時代であった桃山時代は、たくましく力強い精神にみちあふれた文化を創り出した。それは雄々しい生命力の文化だった。戦いの精神をそのまま保ちながら、商人階級の先例のない物質的繁栄に支えられたこの時代の美的嗜好は、その最もふさわしい表現を、城と宮殿の荘厳な建築様式およびその内部の装飾の豪華さに見出した。事実、この時代の創造的エネルギーは、巨大な要塞城と宮殿に最もふんだんに費やされた。


城の大広間の壁の広大な表面と襖は、純金を地色に、深紅、紫、瑠璃、エメラルド、青の抽象された空間と装飾パターンに覆われ、その中にはある程度細部まで写実的に描かれた樹木、鳥、岩が―豊富な色彩の華やかなモザイクのように―浮かび上がっていた。その広間をさらに美しくしたのは、群青、翡翠、朱、蛎殻(胡粉)の白等々の豪華でふんだんな色遣いで鮮やかにぬられた、生物あるいは非生物の[自然]の多様な側面を描いた屏風だった。


このように、桃山時代は圧倒的に「色彩豊かな」時代であり、平安時代よりも輝かしく色彩豊かでさえあって、平安時代とは非常に異なった様式ではあるものの、等しく色彩に対する肯定的な態度によって特徴づけられる。しかしながら、誇示するような色彩の豪華な展示のちょうど背後には、力強い白黒絵画の全く異なる世界があった。

その時代までに、すでに禅仏教が栄、現象的な形態と色彩を越えた永遠的[リアリティ]の無形・無色の実在を理解する事の重要性を強調していた地味な鎌倉時代(1191~1333)をすでに経ていることを、私たちは覚えておかなければならない。鎌倉時代末期の後、そして桃山時代到来の前に、日本人はまた室町時代(1392~1573)を経ており、その時代、第一級の多くの画家が、中国宋代の詩的な水墨画の直接的な影響のもと、禅の典型である簡素な抑制の精神で白黒絵画の傑作を生み出していた。禅僧画家による室町絵画のほとんどは、それらの絵画がきわめて巧みに視覚化した、実在の無色の次元への漠然としながらも避けがたい願望を見る者の心に呼び起こす性質のものであった。


そのため、桃山時代の壮大な城の中に、すんだんに飾り立てられた公的な空間である広間と廊下、また、それとははっきりと対照をなす、色のない様式の私的な部屋があったことは、全く不思議なことではない。事実豪華な桃山様式で通常描かれていた当時の有名な絵師たちのほとんどは、またモノクロ絵画の訓練を十分に積んでいたのである。

この観点からすると、桃山時代は、色彩の除去への嗜好に裏打ちされた色彩の提示への好みによって特色づけられる時代であったと言えるかもしれない。この点に関して、絵画芸術よりもはるかに顕著だったのは、茶人利休(1522~1591)の審美的天才性を通じてきわめて独特に創り上げられた茶の芸術である。


わび茶は、「日常生活の俗事の中に存する美しきものを崇拝することに基づく一種の儀式」であった。わび茶は、私たちを色彩除去の領域へと連れ出す。

わびは、日本における最も基本的な審美的カテゴリーの一つで、その嗜好は、日本文化の多くの側面に灰色がかった影を投げかける。というのも、わびは、単なる美意識の問題というだけでなく、独特な生き方であり、審美主義の原則であるのと同程度に人生の芸術であるからだ。

わびは、定義困難な観念である。世俗的な暮らしの埃と喧噪から離れて孤独に生きること、それは精神的ないし形而上学的な意味で理解されなければならない。この語が示唆する逃亡の考えは、もし通常の人間生活の点から受け取るなら、単に非社会的であることを意味することになり、それは茶の芸術が目指すものとは全く逆になるからだろう。というのも、茶の芸術は、一緒に茶を飲むという目的のため、一時的に集まった人の集団が楽しむことを意図したものであるからだ。


貧しさ(「貧しくあること」)も、特別な意味で捉えなければならない。それは第一に、一切の華麗な物の絶対的な不在の中で生きること、豪華な調度品の贅沢から遠く隔たった空虚な空間にいることを意味する。物理的には、それはまさに貧素な暮らしである。しかしながら、この物質的な貧しさは、精神的な意味における貧しさの直接的で自然な表現でなければならない。それは、永遠の[空虚]ないし[空性]の形而上学的覚知へと昇華した物質的貧しさでなければならない。そうでなければ、貧しさは単に、美的体験に何らかわりを持たない全くの困窮・貧困になってしまうだろう。

簡素は、前の二要素と密接にかかわる。もともとわびの芸術創造の目的で茶人利休が創った、いわゆる利休様式の茶室は、眼で見た限りでは、五人かそれ以下しか入れないほどの単なる小屋にすぎない。内装は著しく素朴、簡素で、しばしば廃れて荒涼として見えるほどである。華やかな色調も、目立ったものもその中にあることは許されない。事実、茶室は、洗練された簡素さを持つごく少数の茶道具以外には、ほとんど絶対的に何もない。静寂が茶室を支配し、沈黙を破るものは何もなく、鉄瓶の中で湧く湯の音だけが聞える。その音は日本人の耳には、遠方の山の松のざわめきのように聞える。


色彩の観点からすると、茶室の本質的な簡素さは、色彩のない状態として描写するのが最もいいかもしれない。この世界のものはすべて色を持っているのだから、茶室は、本当にあるいは文字通り色がないというわけではない。より正確を期すなら、この文脈では、通常用いられる日本語表現「色を殺す」を利用した方がいいだろう。それはいわば可能性の限界まですべての色を抑制し控え目にさせることである。ごく当然ながら極度の抑制、あるいは色を「殺す」ことは、究極的にはモノクロあるいは完全な白黒に近づいていく状態へと導いていくはずだ。モノクロは、ここでは全面的な不在の視覚的提示である。だが忘れてはならないのは、色彩の不在が色を「殺す」結果だということだ。つまり、全面的な色彩の不在のもとには、「殺された」すべての色彩の漠とした記憶がある。この意味で、色彩の不在は、色彩の消極的提示である。また同じくこの意味で、色彩の外面的不在は色彩の内面的提示として、積極的な美的価値を帯びている。したがって、無色或いは白黒の美的鑑賞には根本的にパラドキシカルなものがあるのであって、それは茶の芸術のみならず、一般的な東アジアの芸術においても同様である。


色彩の不在と現前とのパラドキシカルな関係は、室町時代に栄えた典型的な日本芸術である能においても、十分同じように例示される。世阿弥にとって、能の芝居と舞の花は、すべての色彩がモノクロの簡素さへと還元されるような精神的深みの次元でこそ十分に開花すべきものであった。というのも、能における表現の究極的到達点もまた、永遠の[空]の世界であるからだ。世阿弥の形而上学的ヴィジョンにおいて、困難な精神的修行の段階すべてを経た後に能の役者が達すべき訓練最後の段階は、世阿弥が「冷え」と呼ぶ、役者が全ての華やかな色彩を越えた段階であり、[存在]の現象形態すべてが溶解する[空]の世界であった。


能の衣装の見事な豪華さもまた、役者の身体動作に見られる飾り気のない抑制によって相殺され、目立たなくされる。感情表現における極度の抑制―それは一瞬たりとても見失われない―の冷静にさせる効果は、すべての色彩がむき出しの感覚性を失い、抑えた表現の極限まで抑制された豊かさという絶妙な色調へと転じるほどである。能の舞台で、動作は静寂を表象するが、その静寂は単に否定的な意味での不動性ではない。というのも、その精神に張り詰めた独特は雰囲気の中で、沈黙は、言語表現よりはるかに雄弁な内的言語を語り、そして非動作は、いかなる外的動作よりもはるかに力強い内的動作であるからだ。それゆえ、能が舞台で実際に見せる外面的な色彩の輝きを越えて、永遠の[無色]の底知れぬ深みが、観客の眼の前に引き出されるのである。


それは色彩の不在とは逆に、色彩の輝きへの極度に洗練された感性に直接裏打ちされている。

芸術の精神を深く探求できるのは、ただ自分自身の自己を深く掘り下げることによってのみである。そして、自分自身の自己を深く掘り下げる事は、自分自身の自己を失うこと、完全な無自我になること、客体の中に自らをすっかり失う主体となることである。


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